2011年03月22日
東日本大震災とプロ野球と高校野球。
プロ野球セ・リーグは、わたしの大嫌いな読売新聞のおバカなドンのひと声で、電力大量消費の東京ドームでのナイター開催を急ごうとしている。
ナイター自粛を打ち出しているパ・リーグとはえらい違いだ。
プロ野球選手会も、せめてパ・リーグと同じ日まで開幕を遅らせてくれ、と主張しているのに、聞く耳を持たないらしい。困ったもんである。
なんでもかんでもスポーツ開催を自粛するのが正しいとは、わたしは思わない。
ケースバイケース。常識的判断、良識ある判断が求められているにすぎない。
明日、センバツ甲子園大会の開幕である。
宮城代表の東北高校はじめ、被災県の代表も登場して、全力で戦う。
戦争ではないこのような「楽しい戦い」を、わたしは常に切望している。
沖縄県高校野球春季大会は、昨日開幕している。
わたしはきょうの朝9時から、沖縄セルラースタジアム那覇(旧・奥武山球場)で行われた第1試合のみ観戦してきた。
八重山商工高校vs.向陽高校。
7対0、7回コールドで八重山商工が勝利した。
実力差があった。順当な勝利といえよう。
わたしは記者席からバックネット裏スタンドに移動して、いつものように鈴木善一・八重山商工コーチと並んで試合を観た。
鈴木コーチも余裕をもって見守っている様子だったが、グラウンド整備の時間には、おのずと大震災の話にもなる。妹さんの夫の実家が津波で大打撃を受けた石巻市にあり、その実家のお父さんは、ヘリコプターのレスキュー隊に救出されたそうである。身内の救出劇を生々しく語る人がここにいる。思わず息を飲んだ。
写真は、校歌を歌う八重山商工ナインの後ろ姿。

試合後の記者席で、糸満高校(この日の第3試合)の上原忠監督とご挨拶程度の会話をさせてもらった。
ジャイアンツにドラフト3位指名された宮國椋丞投手の取材で、昨秋、糸満高校のグラウンドでお会いして以来だ。
上原監督から開口一番「きょうは、お目当ての選手でもいたんですか」と不思議そうに訊かれたので、正直にわたしはこう答えた。
「2006年の甲子園出場当時から、八重山商工とはお付き合いさせてもらっているんです。島にも何度も通ってますし。。。」
「なるほど、そうでしたか。。。」と上原監督。
じつは、八重山商工の2回戦の相手は「糸満高校vs.沖縄高専」の勝者ということになっている。沖縄高専には甚だ失礼な物言いだが、たぶん「八重山商工vs.糸満」が実現することだろうと思っていた(実際3月27日に、このカードが宜野湾市立野球場にて行われることになった)。
上原監督、いかにも余裕をもって偵察していたという風情。
一方、試合後の八重山商工の伊志嶺吉盛監督は「初戦突破が目標でしたから、次は夏への課題を見つけられる試合になるかどうか、です」と、いたって謙虚だった(笑)。
今年のセンバツ甲子園大会には、沖縄代表が出場しないので、その分、久々に、県大会を可能な限りじっくり見てみたいと思う。
東日本大震災の被災者に思いを馳せつつ、地元の高校球児に一所懸命声援を送る。人として、決して矛盾しない行為であるとわたしは信じている。
試合後、バックスクリーン裏に回ったとき、すべての旗が「半旗」であることに気付いた。
その旗の下を、なぜか試合後の八重山商工ナインが行ったり来たり、ランニングしていた。
黒いアンダーウェアの選手たちが、喪服の行進をしているような錯覚に落ちた。

沖縄県大会のトーナメント表はこちら。↓↓↓
http://www.kouyaren-okinawa.jp/H23haru-T0322.pdf
ちばりよー、東北。
ちばりよー、ニッポン。
ナイター自粛を打ち出しているパ・リーグとはえらい違いだ。
プロ野球選手会も、せめてパ・リーグと同じ日まで開幕を遅らせてくれ、と主張しているのに、聞く耳を持たないらしい。困ったもんである。
なんでもかんでもスポーツ開催を自粛するのが正しいとは、わたしは思わない。
ケースバイケース。常識的判断、良識ある判断が求められているにすぎない。
明日、センバツ甲子園大会の開幕である。
宮城代表の東北高校はじめ、被災県の代表も登場して、全力で戦う。
戦争ではないこのような「楽しい戦い」を、わたしは常に切望している。
沖縄県高校野球春季大会は、昨日開幕している。
わたしはきょうの朝9時から、沖縄セルラースタジアム那覇(旧・奥武山球場)で行われた第1試合のみ観戦してきた。
八重山商工高校vs.向陽高校。
7対0、7回コールドで八重山商工が勝利した。
実力差があった。順当な勝利といえよう。
わたしは記者席からバックネット裏スタンドに移動して、いつものように鈴木善一・八重山商工コーチと並んで試合を観た。
鈴木コーチも余裕をもって見守っている様子だったが、グラウンド整備の時間には、おのずと大震災の話にもなる。妹さんの夫の実家が津波で大打撃を受けた石巻市にあり、その実家のお父さんは、ヘリコプターのレスキュー隊に救出されたそうである。身内の救出劇を生々しく語る人がここにいる。思わず息を飲んだ。
写真は、校歌を歌う八重山商工ナインの後ろ姿。

試合後の記者席で、糸満高校(この日の第3試合)の上原忠監督とご挨拶程度の会話をさせてもらった。
ジャイアンツにドラフト3位指名された宮國椋丞投手の取材で、昨秋、糸満高校のグラウンドでお会いして以来だ。
上原監督から開口一番「きょうは、お目当ての選手でもいたんですか」と不思議そうに訊かれたので、正直にわたしはこう答えた。
「2006年の甲子園出場当時から、八重山商工とはお付き合いさせてもらっているんです。島にも何度も通ってますし。。。」
「なるほど、そうでしたか。。。」と上原監督。
じつは、八重山商工の2回戦の相手は「糸満高校vs.沖縄高専」の勝者ということになっている。沖縄高専には甚だ失礼な物言いだが、たぶん「八重山商工vs.糸満」が実現することだろうと思っていた(実際3月27日に、このカードが宜野湾市立野球場にて行われることになった)。
上原監督、いかにも余裕をもって偵察していたという風情。
一方、試合後の八重山商工の伊志嶺吉盛監督は「初戦突破が目標でしたから、次は夏への課題を見つけられる試合になるかどうか、です」と、いたって謙虚だった(笑)。
今年のセンバツ甲子園大会には、沖縄代表が出場しないので、その分、久々に、県大会を可能な限りじっくり見てみたいと思う。
東日本大震災の被災者に思いを馳せつつ、地元の高校球児に一所懸命声援を送る。人として、決して矛盾しない行為であるとわたしは信じている。
試合後、バックスクリーン裏に回ったとき、すべての旗が「半旗」であることに気付いた。
その旗の下を、なぜか試合後の八重山商工ナインが行ったり来たり、ランニングしていた。
黒いアンダーウェアの選手たちが、喪服の行進をしているような錯覚に落ちた。

沖縄県大会のトーナメント表はこちら。↓↓↓
http://www.kouyaren-okinawa.jp/H23haru-T0322.pdf
ちばりよー、東北。
ちばりよー、ニッポン。
Posted by watanatsu at 18:48
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