2011年07月27日
備忘録的トホホ携帯写真館。7月3日、4日。
このところ、ブログの更新頻度が落ちているのは、ツイッターで毎日何かしらつぶやいていることと関係があると思われる。つまりツイッターが、備忘録の役割の一部を果たしているのかもしれない。ブログを熱心に読んでくれている人との会話で、たとえば話が通じない場面も出てきてしまった。
「この前ブログにも書いたけど」
「いや、その話、読んでいないですよ」
「ん、ツイッターでつぶやいただけだったのかな?」。
うーむ、混乱せぬよう、気を付けよう。
ブログ(2年ちょっと前)、フェイスブック(5ヵ月前)、ツイッター(3ヵ月半前)の順番で始めたわたくしめであるが(誰よりもwebオンチだったはずのわたくしめが、ネット上の発信道具を三つも利用しているというのは、じつは驚くべきことなのだが)、使いながら、どれをどのように活用することが自分にとってよろしいのか、よんなーよんなー見極めていきたいと思っている。
で、文字通り「備忘録的トホホ写真館」の更新である。
7月3日(日)。高校野球取材。
朝の散歩の折には、大気が不安定のように感じられたのだが、


糸満市西崎球場で「浦添商業高校vs.首里高校」を観戦するころには、ご覧の青空。




浦添商が7対2で首里に快勝。これはツイッターにも書いたのだが、「浦商のドカベン」こと玉城大夢捕手の内角攻めの初球を腰をうまく回転させてレフトスタンドへ放り込んだ見事なホームラン(4回裏2アウト3塁のダメ押しの好機)、そして9回の抑えに登場した191cm・佐村トラヴィス幹久投手の剛速球と鋭いフォークは、「高校生離れ」といえる見事なものだった。たしかツイッターでは、「いいものを見せてもらった」とつぶやいた気がする。
浦商は、2008年夏の甲子園ベスト4も含めて、神谷嘉宗監督が率いてきたチーム。その神谷監督が、この春の人事異動で美里工業へ転出、後を引き継いだのは宮良高雅監督。ご本人は興南OBで軟式野球の沖縄代表選手を務めるなど活躍してきたものの、なんと高校野球の指導は初めてとのこと。
この日、初対面のご挨拶となったが、じつは人事異動が決まったその日、わたしはリアルタイムでその情報に接していた。2月下旬、千葉ロッテマリーンズのキャンプ取材が終わった日、伊志嶺吉盛・八重山商工監督、八重山高校・仲里真澄監督らとの食事の席にいて、その場でこのニュースが飛び込んできたのである。
そんな縁もあって、宮良監督には、ざっくばらんに話しかけさせていただき、そしてざっくばらんに率直な返答をいただいた。
「まさか、強豪校の浦商へ、なんて思ってもいませんでした。自分がいちばん驚いた異動です。(糸数)部長はじめ、周囲の皆さんに助けられてここまできています」
玉城捕手のホームランの「インコースの球を振り切ることができた」スイングを絶賛し、故障明けの佐村投手の起用に関しては、「佐村本人は大丈夫と言っていますが、彼は将来がある身ですから、大事をとって長いイニングは投げさせていません。正直怖いところもあります」とのことだった。
玉城大夢と佐村トラヴィス幹久にも話を聞いた。
玉城「(この春の監督交代は)戸惑いもありましたけど、宮良先生の指導方針を吸収して、気持ちを切り替えることができました。4番から3番を打つようになったのも、宮良先生の方針ですけど、今まで自分が打たないといけないという気持ちが強すぎたのが、後ろに繋げばいいという気持ちになれたので、打ちやすいです。この夏は、神谷先生への恩返しのためにも、甲子園へ行きます。」
佐村「今はケガの心配もなく、順調に来ています。試合を重ねていくごとに、もっと長い回を投げられるようにしていきたいと思います。(抑えに出てきて、2者三振とファーストファウルフライで仕留めたのは見事だったが?)球速は、いまはmaxで144キロぐらいだと思います。もっと速い球も投げたいです。フォークは空振り三振をとったときの球、一球だけ投げました。自分でもよかったと思います」
わたしは宮良監督にも、玉城君にも佐村君にも、「次の試合も楽しみにしています」と告げていた。
ベスト8をかけて、次の週末に中部商業と戦うことが決まっていた。考えてみれば、単行本を書く取材者としての立場上、同日は別球場の興南高校の試合等を優先せざるを得ず、結局、浦添商の次戦を観ることはかなわないのだった。
しかし、もっとそのプレーを観たいと思わせる選手たちのいるチームであることは確かだった。浦添商は、今大会優勝校の中部商に惜しくも退けられてしまった。玉城君や佐村君たち3年生の「高校最後の夏」は終わった。
浦添商の皆さんには、今、改めてお疲れさま、ありがとうと申し上げたい。
取材が終わって、糸満から豊見城の豊崎の人工ビーチへ足を延ばした。夕陽が水平線に沈むところを眺めることができた。画像ではわかりにくいが、慶良間諸島の島影も美しかった。

7月4日(月)。終日ほぼ自室で仕事。
日が落ちてから、海を見にゆく。
豊見城市豊崎のビーチにて。刻一刻表情を変える雲を、飽かず眺める。
トホホ携帯では上空にポツッと丸い点のような月が上がって見えるけれども、実際はくっきりはっくりと美しい形をした三日月である(厳密には四日の月だが)。



最近、海と空ばかり眺めている気がする。もともと海と太陽と雲と月が大好きなわたくしめであるが、深層心理に何かちょっとした変化が起こっている気がしないでもないこの頃なのであった。いや、思わせぶりで申し訳ないが、きっとそうだはず。
「この前ブログにも書いたけど」
「いや、その話、読んでいないですよ」
「ん、ツイッターでつぶやいただけだったのかな?」。
うーむ、混乱せぬよう、気を付けよう。
ブログ(2年ちょっと前)、フェイスブック(5ヵ月前)、ツイッター(3ヵ月半前)の順番で始めたわたくしめであるが(誰よりもwebオンチだったはずのわたくしめが、ネット上の発信道具を三つも利用しているというのは、じつは驚くべきことなのだが)、使いながら、どれをどのように活用することが自分にとってよろしいのか、よんなーよんなー見極めていきたいと思っている。
で、文字通り「備忘録的トホホ写真館」の更新である。
7月3日(日)。高校野球取材。
朝の散歩の折には、大気が不安定のように感じられたのだが、


糸満市西崎球場で「浦添商業高校vs.首里高校」を観戦するころには、ご覧の青空。




浦添商が7対2で首里に快勝。これはツイッターにも書いたのだが、「浦商のドカベン」こと玉城大夢捕手の内角攻めの初球を腰をうまく回転させてレフトスタンドへ放り込んだ見事なホームラン(4回裏2アウト3塁のダメ押しの好機)、そして9回の抑えに登場した191cm・佐村トラヴィス幹久投手の剛速球と鋭いフォークは、「高校生離れ」といえる見事なものだった。たしかツイッターでは、「いいものを見せてもらった」とつぶやいた気がする。
浦商は、2008年夏の甲子園ベスト4も含めて、神谷嘉宗監督が率いてきたチーム。その神谷監督が、この春の人事異動で美里工業へ転出、後を引き継いだのは宮良高雅監督。ご本人は興南OBで軟式野球の沖縄代表選手を務めるなど活躍してきたものの、なんと高校野球の指導は初めてとのこと。
この日、初対面のご挨拶となったが、じつは人事異動が決まったその日、わたしはリアルタイムでその情報に接していた。2月下旬、千葉ロッテマリーンズのキャンプ取材が終わった日、伊志嶺吉盛・八重山商工監督、八重山高校・仲里真澄監督らとの食事の席にいて、その場でこのニュースが飛び込んできたのである。
そんな縁もあって、宮良監督には、ざっくばらんに話しかけさせていただき、そしてざっくばらんに率直な返答をいただいた。
「まさか、強豪校の浦商へ、なんて思ってもいませんでした。自分がいちばん驚いた異動です。(糸数)部長はじめ、周囲の皆さんに助けられてここまできています」
玉城捕手のホームランの「インコースの球を振り切ることができた」スイングを絶賛し、故障明けの佐村投手の起用に関しては、「佐村本人は大丈夫と言っていますが、彼は将来がある身ですから、大事をとって長いイニングは投げさせていません。正直怖いところもあります」とのことだった。
玉城大夢と佐村トラヴィス幹久にも話を聞いた。
玉城「(この春の監督交代は)戸惑いもありましたけど、宮良先生の指導方針を吸収して、気持ちを切り替えることができました。4番から3番を打つようになったのも、宮良先生の方針ですけど、今まで自分が打たないといけないという気持ちが強すぎたのが、後ろに繋げばいいという気持ちになれたので、打ちやすいです。この夏は、神谷先生への恩返しのためにも、甲子園へ行きます。」
佐村「今はケガの心配もなく、順調に来ています。試合を重ねていくごとに、もっと長い回を投げられるようにしていきたいと思います。(抑えに出てきて、2者三振とファーストファウルフライで仕留めたのは見事だったが?)球速は、いまはmaxで144キロぐらいだと思います。もっと速い球も投げたいです。フォークは空振り三振をとったときの球、一球だけ投げました。自分でもよかったと思います」
わたしは宮良監督にも、玉城君にも佐村君にも、「次の試合も楽しみにしています」と告げていた。
ベスト8をかけて、次の週末に中部商業と戦うことが決まっていた。考えてみれば、単行本を書く取材者としての立場上、同日は別球場の興南高校の試合等を優先せざるを得ず、結局、浦添商の次戦を観ることはかなわないのだった。
しかし、もっとそのプレーを観たいと思わせる選手たちのいるチームであることは確かだった。浦添商は、今大会優勝校の中部商に惜しくも退けられてしまった。玉城君や佐村君たち3年生の「高校最後の夏」は終わった。
浦添商の皆さんには、今、改めてお疲れさま、ありがとうと申し上げたい。
取材が終わって、糸満から豊見城の豊崎の人工ビーチへ足を延ばした。夕陽が水平線に沈むところを眺めることができた。画像ではわかりにくいが、慶良間諸島の島影も美しかった。

7月4日(月)。終日ほぼ自室で仕事。
日が落ちてから、海を見にゆく。
豊見城市豊崎のビーチにて。刻一刻表情を変える雲を、飽かず眺める。
トホホ携帯では上空にポツッと丸い点のような月が上がって見えるけれども、実際はくっきりはっくりと美しい形をした三日月である(厳密には四日の月だが)。



最近、海と空ばかり眺めている気がする。もともと海と太陽と雲と月が大好きなわたくしめであるが、深層心理に何かちょっとした変化が起こっている気がしないでもないこの頃なのであった。いや、思わせぶりで申し訳ないが、きっとそうだはず。
Posted by watanatsu at 17:12
│身辺雑記