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2012年08月19日

「沖縄の底力」がさらに発揮される時。2012年。

浦添商の試合中は、仕事の原稿書きは無理があるので、応援に集中。
クールダウン中(?)にブログを書き、それから半日経って、いまコーヒーブレイク中に更新。
なんだか言い訳めいているのは、担当編集者の目に触れる可能性大ゆえ(苦笑)。

ベスト8進出をかけた桐光学園との戦いは、浦商打線が好投手・松井裕樹を打ち崩せず。8回、照屋光が松井得意のスライダーをレフトスタンドへ運んで一矢報いたが、その本塁打を含めて4安打止まり。12三振を奪われてしまった。

それでも、いくつかの好守備も見せてくれて、最後までワクワクさせてくれて、浦添商らしい良い試合だったと思う。
これで負けたらしゃーない。相手の強さを称えたい。
ありがとう、浦添商ナイン。堂々と胸を張って沖縄へ帰ってきてほしい。


ふと、2年前の夏を思う。

興南高校が、史上6校目の「甲子園春夏連覇」を達成した夏。
沖縄県代表校の「夏の初優勝」を成し遂げた夏。
興南・我如古盛次主将がお立ち台で、「県民みんなで勝ち取った優勝だと思います」と発言して、アルプススタンドをどよめかせ、我喜屋優監督をして「わたしが言おうと思っていた言葉を先に言われてしまった」と苦笑させた夏。

わたしにとっては09年の8月から始めた断酒がちょうど丸一年間になろうとしていた頃で、1回戦から甲子園に乗り込み、決勝まで興南高校に密着取材し、そうして「快挙達成」に立ち会うことができた。

あんまり嬉しかったので、その夜禁を解き、神戸の天然温泉で湯につかった後、生ビールをジョッキ一杯だけ飲んだ。
翌日夜行バスで東京へ移動したその足で会った某誌編集長が、改めて乾杯してくれたため、嬉しさが倍増したことはいうまでもない。

だがしかし、興南高校の快挙達成のために願をかけて禁酒をしたわけではないのである。

じつは、政権交代が起こり得る09年の総選挙の告示日に、長年権力の座に居座り続けて腐敗しきった自民党政権に終止符が打たれることを願って、酒を断ったのだ。ひとりの沖縄県民として、「アメ(振興策=補助金)とムチ(基地負担=基地被害)」をセットで沖縄に押し付け続けてきた政策を、もういい加減終わらせねば駄目だ、という意思表示が込められてもいた。

いや、もちろん、自己満足であることはわかっていた。
でもそうしたかった。

民主党に過度の期待はしていなかったが、「普天間基地を最低でも県外へ」(これは米国のアジア戦略を慮った上で理論的にみても、決して間違ってはいない!!)と公約した政党に、少しは期待を寄せてみたのである。

結果は周知の通り、「辺野古回帰」の方針で日米合意してしまう体たらく。

だがしかし、こんなデタラメな日米合意など絶対に実現不可能だということを、多くの沖縄県民は知っている。というよりも、絶対に許さない。

ましてや、欠陥機を欠陥機ではないと言いくるめる幼稚な「安全神話」を押し付けて、オスプレイ(垂直離着陸機)を強行配備しようとする日米両政府に対して、沖縄県民は、怒りと軽蔑の度を強める一方である。

沖縄県内全41市町村議会が、オスプレイ配備反対決議をしている。
沖縄県議会も全会一致決議を繰り返している。

それでも、日米政府は沖縄には「民意」が存在しないかのような横暴な振る舞いを続けているのだ。

沖縄をなめるなよ!!
沖縄差別を絶対に許さんぞ!!
そんな思いを、島ぐるみで多くの人が共有しようとしている。

2年前は、どんな年だったか、もう一度思い出してみよう。

名護市長選で、「辺野古の海にも陸にも基地は造らせない」ことを公約に掲げる稲嶺進市長が当選し、普天間の代替基地を建設させないという民意が明確になった。→http://www.qab.co.jp/news/2010012515498.html

4月には、県議会の全会一致決議をもとにして、「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し国外・県外移設を求める県民大会」が開かれた。仲井眞弘多知事は、かつての辺野古容認の立場を撤回して、この大会に参加した。そうせざるを得ない民意のうねりが、沖縄に生まれたのである。

だが、5月、鳩山由紀夫首相(当時)は、防衛・外務官僚をはじめとする政府内の抵抗勢力にまんまと押し切られ、説得力皆無の「辺野古合意」へと舞い戻ってしまった。

わたしは禁酒の禁を解くタイミングを失ってしまった。

そうして8月、断酒1年が過ぎたある日、興南高校野球部が、県民全体を励ます快挙を達成したわけだ。
当時、沖縄タイムスに書いた文章を自分で紹介したブログ記事はこれである。
http://watanatsu.ti-da.net/e3039994.html

嬉しいことは続くものである。9月には、名護市議会議員選挙で、稲嶺市長を支える、新基地建設反対派の与党議員が圧勝した。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-167535-storytopic-124.html

日米政府の姑息な工作にも惑わされずに、沖縄の総意が、「普天間基地の県内への移設は許さん!!」という方向へ、ますます動き出したわけである。

米政府や軍産複合体の意のままに操られ、意図的思考停止(ほとんど犯罪行為というべき不作為だ)に陥っている日本の官僚・政治家のせいで、とっくに撤去して当然の普天間基地が今も、動かぬままである。

不勉強なネトウヨ君たちは、中国脅威論なんぞを持ち出して、普天間基地の重要性を主張したりするんだが、米国のシンクタンクの軍事専門家や軍隊上がりの連邦議員たちだって、もはや「在沖海兵隊が中国に対する抑止力」なんぞと思ってはいないので、念のため。海兵隊は、グアム、ハワイ、オーストラリア、フィリピン、そして「日本」にローテーション配備のほうが「抑止力」になるという考え方が主流なのだからね。そんなに日米同盟が大事で、そんなに海兵隊が大好きなら、どうぞ日本本土のあなたの街で引き受けなさい、という話なのだよ。

それはさておき、最近のわたしは、また半年ほど断酒してみた。
今回は、なにかはっきりした「願掛け」を意識したわけではない。

10日ほど前に限定解禁してみたが、またしばらく断酒してみようかと思うのである。

普天間撤去に関する政策で裏切られた沖縄が、興南高校ナインの春夏連覇で勇気づけられた2010年。

2012年。夏の甲子園では、浦添商業ナインがベストを尽くして頑張って、しかしベスト8進出がかなわなかった年。

9月9日には、宜野湾海浜公園で、「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会」が大々的に開かれる。わたしも参加するし、若者や家族連れも含めて、幅広い層の県民がたくさん参加する。2年前の県民大会の際には、産経新聞の那覇支局長・宮本雅史殿が、「4月25日に開かれた県民大会への参加は反米、反基地闘争を展開するグループがほとんど。一般の県民に波及していなかった」などという大ウソ記事を書いたものだが、彼はまだ那覇支局長のままで、あいかわらず、裏付けのない思い込み記事を書き殴っている。最近も「ウソ」を指摘できる記事の事例があるのだが、彼のためにスペースを割くのがもったいないので、今回はやめておく。ただただ、あきれるばかりである。

さてさて、本日の結論であるが、沖縄の民意をここまでコケにして、ゴリ押しのオスプレイ配備をすれば、いかに大変な事態を招くか、日米政府に対してはっきりと思い知らせるべき年。それが、この2012年だという気がしている。

クールダウンとコーヒーブレイクにしては長くなったが、個人的な精神的健康のための儀式みたいなブログ更新になった。お付き合い下さった読者諸賢、ありがとうございました。

最後に、本日、わが部屋の赤瓦の屋根にのぼって撮影した夕暮れの写真をどうぞ。
水平線に慶良間諸島も浮かんでる。
慶良間諸島は観光客やダイバーに人気の、美しい海を誇る島々だが、沖縄戦においてはたくさんの「集団自決」の犠牲者を出した島々でもある。
沖縄の自然と人の潜在的なパワーは、必ずや「沖縄差別」なんか吹き飛ばしてしまうはずである。
思考停止の官僚や政治家たちよ、覚悟しておきなさい。
「沖縄の底力」がさらに発揮される時。2012年。










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Posted by watanatsu at 20:07 │高校野球